望月琉叶の年齢や学歴・本名は?代表曲も紹介

望月琉叶の年齢や学歴プロフィールを紹介!代表曲も解説
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望月琉叶はアイドル、グラビアアイドル、演歌歌手と3つの職種をこなしており、彼女のスタイル、歌唱力が話題になり今人気急上昇のアーティストです!

グラビアが出来る演歌歌手として知られている彼女の年齢や学歴などが気になる人もいるのではないでしょうか?

本記事は望月琉叶の年齢や学歴を含めたプロフィールを調べてまとめてみましたので紹介していきます。彼女は2021年12月にレコード大賞の新人賞を受賞し、さらなる活躍が期待されています!

 

望月琉叶のプロフィール・年齢や学歴は?

望月琉叶は1996年7月15日生まれの25歳(2021年時点)で、神奈川県横浜市出身で、一人っ子です。

趣味は音楽鑑賞と創作ダンス、特技は絵を描くことだそうです。

父親が画家だったということもあり、影響されて絵を描き始めたのかもしれませんね。

小学校、中学校、高等学校はどこに通っていたのかは不明ですが、おそらく横浜市内の学校に通っていたと思われます。

高校卒業後は、東京都文京区にある大学、東洋大学に進学し、学部は社会学部で4年間通って卒業しました。

東洋大学は歌舞伎俳優の中村勘九郎やお笑い芸人のオードリー若林正恭、テイモンディの前田裕太、人気ユーチューバーのフワちゃんなど数々の著名人が卒業しているところです。

偏差値は45~60程度なので一般の大学よりやや高めなほうだと思います♪

 

望月琉叶の本名は?

気になるのが望月琉叶さんの本名ではないでしょうか?

調べた結果、芸名どおり「望月琉叶」のようです。

はっきりと公表されていないのですが、おそらく「望月琉叶」が本名なのでしょう

珍しい名前なので芸名かと思いました(^▽^)/
ねじこ
ねじこ

 

望月琉叶の経歴

幼少期~中学時代

3歳の頃からヤマハ音楽教室でピアノを習い始めて、歌のレッスンも受けていました。

クラシック曲が好きで、お気に入りの曲はドビュッシーの「アラベスク」だそうです。

周りの人や親戚の人たちは高齢な方が多く、有線放送などで演歌や歌謡曲が多く流れる環境で育ち、小学生の頃、同級生とカラオケに行った際、彼女だけ美川憲一の「柳ヶ瀬ブルース」を歌っていたそうです。

そして中学生の頃は吹奏楽部に所属しており、腹式呼吸の練習をしていました。

彼女が歌手を目指すようになったきっかけは、母親が元々演歌歌手になるのが夢で、本格的に目指そうとしましたが、夢を叶えることができなかったそうです。

それでその思いを受け継いで音楽で食べていって欲しいと思い、彼女に託したそうです。

 

高校~アイドルになるまで

高校1年生の頃からオーディションを受け始めていましたが、アイドルグループのメンバーとして活動することを勧められることが多く、ソロ歌手として活動したかった彼女はなかなか踏み出せずにいました。

その後東洋大学に進学。

在学中はライブ出演や遠征に帯同できなかったので、部屋から配信サイトで活動し、「在宅アイドル」とも呼ばれていました。

大学4年生だった2018年には某生目保険会社に就職の内定をもらっていましたが、友達のプレゼントを買いに代官山に訪れたところ、たまたま事務所の社長に大石一尋に会い、声をかけられました。

今までと同じくアイドルグループへのスカウトでしたが、そのグルーブは演歌をコンセプトとした「演歌歌手ルビナス組(2019年8月に民族ハッピー組に改名)」でした。

彼女は母親の夢に近いグルーブに縁を感じ、加入することを決意しました。

この時父親はせっかく内定をもらったのに辞退をしてまで音楽の道に進むことを心配していました。

ニコニコ超会議、超歌ってみたにアシスタントとして出演した際は、会場に飛び散り参加で石川さゆりの「天城越え」を披露しました。彼女の歌唱力は高く評価され、話題になりました。

プロのアイドルだけを集めて、歌唱とダンスによる総合評価のソロコンテストに参加し、演歌を披露しました。

結果はダンスは0点でしたが、歌唱の得点だけでファイナリストになることが出来たそうです。

 

演歌歌手&グラビアデビュー

2020年7月22日に演歌歌手としてシングル「失恋慕情」で日本コロムビアからソロデビューを果たしました。

オリコンの演歌、歌謡曲ランキングおよび週間USENリクエストチャートでも1位を獲得しました。

同年の8月には「週間ヤングジャンプ」でグラビアデビューをしました。「グラビアもできる演歌歌手」と知られ、話題になります。

2021年2月26日にグラビアアイドルとしてファーストDVD「初恋歌姫」を発売しました。

同年4月28日は演歌歌手としてセカンドシングル「面影・未練橋」を発売し、オリコンの演歌、歌謡曲部門2作連続初登場1位を獲得します。

2021年9月27日には、東京・赤坂のMZES東京で初の生配信ライブを開催しました。

彼女は始めてのライブに挑戦して「今日のようなディナーショーをやることが夢だったので、すごい張り切っています。

配信のほうは、普段見ることができない望月琉叶をたくさん見ることができると思いますので、ぜひ見てください」とアピールをし、ピアノでアメリカのジャズピアニスト、ビル・エヴァンスの「One for Helen」を披露し、彼女のデビュー曲と新曲の作曲を担当した樋口義高のピアノ演奏で、昭和の名曲「私はピアノ」、「別れの予感」、「柳ヶ瀬ブルース」をカバーしました。

その後「面影・未練橋」を披露し、最後はデビュー曲の「失恋慕情」で締めくくりました。

初めてジャズ曲を披露したことに彼女は「母親がジャズも好きだった影響でビル・エヴァンスを知り、一番好きな曲は『クワイエット・ナウ』でしたが楽譜が日本になく、アメリカから取り寄せたのですが、その中にあった『One for Helen』が好きになり、今日披露させていただきました。」と語っていました。

当日の公開リハーサルでは、2022年に発売される予定の新曲を作曲する浜圭介の妻の歌手・奥村チヨのヒット曲「恋の奴隷」も披露していました。

2021年12月にレコード大賞で新人賞を受賞し、同月7日に記者会見に出席しました。

彼女は「このような素晴らしい賞を受賞することができたのは、一緒に活動している民族ハッピー組のメンバー、温かい応援をしてくださるファンの皆さま、私をずっと支えてくださっているスタッフの方々のおかげです。ありがとうございます。」と感謝を述べていました。

さらに「でも私の美貌と才能がこの受賞につながったと言っても過言ではないかもしれないと思っています。」と笑いを誘ったのち、当日に向けて「こんな素晴らしいステージに立てるということでドキドキしています。

ここで力を出して来年、再来年と飛躍できるようにしていきたいです。」と意気込みをしていました。

 

望月琉叶の楽曲

望月琉叶さんの代表曲を紹介します。

デビューシングル「失恋慕情」

「失恋慕情」はタイトルの通り失恋の歌で、別れて1年が経とうとしている今でも想いが残っており、あのとき別れたことを後悔している切ない一曲です。

 

セカンドシングル「面影・未練橋」

「面影・未練橋」は自分がどこかへと旅立って、しばらく会うことが出来なくなり、どんなに離れていても愛しているという寂しい一曲です。

 

まとめ

以上、望月琉叶の年齢や学歴を含めたプロフィールを紹介しました。

望月琉叶は、母親が諦めた夢を受け継いで、アイドルグルーブのメンバー、演歌歌手、グラビアアイドルと3つの職種を合わせ持つ個性的なアーティストで、大学は数々の著名人が卒業した東洋大学というやや高めの学歴を持ち、年齢はまだ若いのでこれからどんどん人気が高くなるだろうと思われます。

そしてレコード大賞では最優秀新人賞の候補の1人として選ばれました。20代で演歌歌手はなかなかいないのでさらなる注目と活躍が期待できそうですね!

それでは最後までお読みいただきありがとうございました^^

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